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寺田秋田県知事は25日、態度を保留していた仙北市議会が内陸線の再生計画の実現に向け最大限努力するとしたことを受け、第三セクター鉄道・秋田内陸線の存続を正式に決めました。「関連記事」

まことにもってめでたいことであります。存続のために働かれた関係者の方々は一様にほっとしていることでしょうね。
でも、問題はこれから先...
色々な難題が山積しているのも事実。
官民揃って知恵をしぼり、汗をかかなければなりません。
腰が重く、なんとかなるの若旦那気質、商売下手..等々、何かにつけて悪しき性分が取り上げられる秋田県民ですが、私の思い過ごしでしょうか?なんか今、県民がこの存続問題を機によ~しと立ち上がろうとしているように見えてならないのです。
地域住民の足としての確保はもとより、美の国あきたの観光再建のための第一歩を標す羅針盤としてこの存続運動を捉えてるかのように...

おっと、妄想癖もいいとこ、何にもしてないのに偉そうなことを言ってしまいました..失礼!

前記事でご紹介した2tomさんも、そんな熱き思いでこの運動に力を注がれた方です。
20年以上のプロのギターミュージシャンとしてのキャリアを生かしての自分なりのスタイルで...

その彼の作った曲をいくつか紹介したいと思います。

内陸線イメージキャラ「ないりっくん」の生みの親、イラストレーター「長牛(なこうし) 」さんが描いた「なっちゃん」に曲をつけた「なっちゃんの唄」↓がまたカワユイのです。




そして、秋田県民にとって隠れた名曲?「うさちゃんクリーニングのCMソング」が彼の作曲だったんです。

つい最近、映像が新バージョンになったばかり。
でもFM秋田のパーソナリティーをつとめる「大島貴志子さん」の手話バージョンの方がよかったかな!
そう、このCMってテレビの天気予報と合わせて放映されるので、秋田県人のかなりの方の耳になじんでいる歌なのです。
本社が山形県にあって東日本で550店舗のお店とか!
山形と秋田でこの曲で放映されてるようですね!

実は2tomさんのサイトから携帯用ダウンロードして妻と私の着信音にして楽しんでます~。

曲名は「新しい一日」(別名「はじめよう」)です。
こちら」でどうぞ!
温かい気持ちになりますよ。。。
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昨日、秋田内陸線存続を純粋に応援するプロジェクトを個人で立ち上げられている2tomさんからコメントをいただきました。

彼のその熱き思いにエールを送りたいと思います。

2tomさんがつくった内陸線のイメージソングがあるのでご紹介します。
なかなかいい曲だと思います。

秋田内陸線イメージソング「逢いたくて」
2008.11.12 岩手への想い
土日は職場の旅行で岩手に行ってきました。イーハトーブ大会以来の岩手です。
土曜朝に秋田市出発のため前日は妻の実家に一泊し、遠野~釜石~宮古~龍泉洞コースのバスの旅!

三陸は5年ぶりですかね!
岩手って隣の県なんですけど、三陸側はちょっと遠いんで行く機会少ないんですよね。

遠野市といえば「民話のふるさと」..
「伝承館」や「とおの昔話村」に寄りました。
s-ブログIMGP2885

「とおの昔話村」は「遠野物語」を著した柳田國男が宿泊した柳翁宿という旅籠屋で、柳田の生涯を紹介する品などが展示されておりました。
遠くに早池峰山を望むこの遠野市は「河童」や「座敷ワラシ」伝説があるように、幻想的な雰囲気が漂う街でした。

釜石市では「釜石大観音」と「鉄の歴史館」を見ました。
s-ブログIMGP2887

大観音は中が螺旋状の階段になってて胸のあたりから外に出られます...がちょっとビビリます!

釜石といえばやはり「新日鉄釜石」でしょうか?
s-ブログIMGP2897

製鉄斜陽の時代にあっては、過去の栄華は夢の如くのように感じられますが、近代製鉄の発祥地だけあって鉄の歴史館は見ごたえがありました。

宿泊は近くの海沿いのホテル。
宴会が終わって、ロビーで民謡ショーなんぞ観ましたら、すっかり魅了されてしまいました。
南部牛追唄や南部俵つみ唄がジーンと心に響いちゃいました。
岩手と青森の一部は昔「南部」といわれてました。秋田の民謡もいいですが南部もいいですね~!

翌日は宮古浄土ヶ浜の遊覧船..
s-ブログIMGP2902

いやはやカモメ(ウミネコ?どっち?)が大勢お出迎えでした。
いい景色でしたね~!

そして最後は今回のお楽しみ!...初めて行く龍泉洞!
ちょっとワケありでワクワクだったんです。
...ていうのは、話は32年前の夏に遡るんですけど..

友達4人で行った高三夏休みの岩手へのサイクリング旅行!
大館~盛岡~一関~気仙沼と進み3日目でした。
釜石市の手前のトンネルを出たところで友達が脇のガードレールに激突して転倒、腕から大量出血..
通りがけの車が止まってくれて、途中で救急車にドッキングできるところまで運んでくれました。
幸い怪我は縫っただけで大事に至らずでしたが、サイクリング続行は無理!
その日は釜石の病院に泊まり、旅はここで終わりました。
本当は浄土ヶ浜で泊まって次の日に一番楽しみだった龍泉洞を見る予定でしたが結局敵わぬ夢となりました。
自転車は国鉄の貨物車に乗せ、私たち4人は宮古を通り山田線?に乗って盛岡経由で帰ってきました。
そんなほろ苦い高三の思い出ですが、その後も5年前の旅行で釜石・宮古に来るまでの27年間一度も三陸を訪れてませんでしたし、龍泉洞は未だにその時の思いが残ったままでしたので、ちょっとですが感慨深いものがありました。

この龍泉洞ですが、なかなか手ごわかったですね~!
折り返し地点あたりから上に上る階段の急で長いこと!お年寄りなどはちょっと厳しいコースでした。
でも地底湖の美しさは格別でしたね!一番深い地底湖は深さ98メートルくらいあるそうです。本当にコバルトブルーでした。
s-ブログIMGP2907

そんなかんだで長い間の岩手への想いがここに成就しました~!パチパチ(笑)

おまけ~
「遠野物語」といえばやっぱり以前紹介した釜石出身のあんべ光俊さんですよね!
ライブバージョンもありましたのでよかったらどうぞ...
ちなみに、このあんべ光俊さん、昔、NEWSレコードの清須邦義さんレーベル(EASTレーベル)からアルバム2枚とシングル3枚リリースしてるんですよね!ビックリ!
そしてそのうちのアルバム1枚は隣町の元オフコースの大間ジローさんがプロデュースしています。
なんとも強引な繋げ方、ご勘弁を!(爆)

遠野物語(あんべ光俊/2006_Live)

清須邦義、愛称porelさんが、最近ライブで歌っている「あいつによろしく」という曲をyoutubeで公開しています。

あいつによろしく/歌:若子内悦郎 詞・曲:清須邦義

一聴して、大人の歌という感じですね!
聴き重ねるごとに良さが分かってくるというような曲作りがされているように思います。

porelさん、自身のブログで次のように仰ってます。
>未発表未発売楽曲ですが、沢山のひとに届くようにYoutubeで無料公開しました。
>スローペースですが、私の歌も含めて録音したら随時公開していく予定です。
>気に入りましたら、Youtubeにコメント下さい。

ぜひ聴いてみてください!。。。
10月4日より第2弾が始まったテレビ放送 『超神ネイガーvsホジナシ怪人~あきた観光地大決戦!~』の第6話 は「北欧の杜公園」が舞台でした。

今マイブームの「清須邦義」さん話題です。
彼が30年も前に出した3枚のアルバムをオクで揃えました。

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アナログレコードですのでスクラッチノイズはあるし、曲飛ばしも出来ないしと、色々と不便なこと多しなんですが、なんとも70年代のサウンドが心地いいわけで...今じっくり聴いているところです。

絵夢さんへの提供曲や若子内悦郎さんのアルバムで歌われてるもの以外は初めて聴くものばかりなんですが、なかなかいい曲多いです。
聴き重ねるともっと良くなる気がします。。

彼の3枚目のアルバム「優しきまわり道」だけが「NEWSレコード」というレーベルから発売されています。
このレーベルは松山千春・清須邦義・加川良の3人によって1980年に設立されたレコード会社で、Northレーベル松山千春、Eastレーベル清須邦義、Westレーベル加川良、Southレーベルは新しいアーティスト用にと、それぞれの頭文字を繋げて名前がつけられたようです。

おやおや、松山千春さんと清須さんは切っても切れない関係なのはわかるんですが、ここに加川良さんの名が出てきてビックリしました。
加川良といえば、岡林信康後の人気を吉田拓郎と二分し、東の拓郎、西の加川といわれた時代もあったほどのお方。
でも私、加川さんの歌はあまりよく知りません。
名前だけはずっと前から知ってますけど、どちらかと言えば、拓郎さんの「加川良の手紙」という歌の方で有名じゃないかと思ったりして!
ちなみに今年の2月に買った拓郎トリビュートアルバムではこの歌をつじあやのさんが歌ってました。
なにやら拓郎さんとは対照的に、ストイックに自分のスタイルを崩さずにあまり一般的に受けにくいような詩を歌ってたらしい..です。

加川さん、以前紹介した「FOLK LIFE 倶楽部 vol 1」という雑誌の表紙を飾っています。
頭巻インタビューとして冒頭から6ページにわたり大々的に掲載されています。

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彼ってGS出身だったんですね!
タイガースがまだファニーズだった時代に、京都のダンスホールでよく顔を合わせていたらしいです。
その後、彼のバンドが城主の大阪「メキシカン」という店がゲストを迎えていた当時のことについて記されています。
-東京から、たとえば、どんなゲスト陣が来たんですか?-
「僕が記憶に残ってて愉しかったのは、尾藤イサオとザ・バロン。あとは青山ミチさんがバンドで来られて...」と!。。
GSの創世記に、すでにザ・バロンのメンバーである清須さんと出会っていたんですね!
なんとも興味深いお話です。

この雑誌では「そろそろ仕事がしたい」ってお題目が一番最初に躍ってますね!
これって凄く興味深いです。
「行きたいところへね、本当にそろそろ向かいたいというかな。(略)...」。。。
年輪を重ねて今、やっと出発点がやってきた、みたいなことをおっしゃってます。
ちなみに紙ジャケで復刻CDが発売されている今のブームの中、高田渡や遠藤賢司の根強い人気をよそに、いざ店に並べると売り切れ続出なのが加川良...なのだそうです。

さて私が今気になっている清須邦義さんですが...
80年代始め頃にすでにミュージシャンとしては引退したはずの彼が、最近、昔のバロンの仲間らとユニットを組みライブをやられています。
でも、しばらくライブは休むんだそうです。
趣味とは一線を画したスタイルで創作活動をしたい。そのための充電期間だと。。
なにやらyoutube等のメディアでの視聴公開という方法も試してみたいとの事。。。

清須さんの20数年ぶりの復活と加川さんの新たな出発が同じベクトルなのかは分かりませんが、これからの展開がとっても楽しみなところです。

絵夢さんのアルバムに入っている「紺青の世界」を再び聴きたいと思ったことが、こうして新たな楽しみを生んでいます。

毎日清須さんのブログをチェックしています。それも何回も(笑)
ファンの方同士の掲示板もあるようなので、ぜひ交流したいと思っています。
なんか動きがあればまた取り上げたいと思っています。

またまた語ってしまいましたね(汗)
この性格、なかなか直らないようです(爆)
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最近スズキのCMでよくかかってる「joy to the world」という曲のカバー。。

もとはスリー・ドック・ナイトというグループが1970年代にヒットさせた邦題「喜びの世界」という歌ですけど、今聴いてもなかなかいい感じですね!
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