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市道の新設に伴う事前調査で2年前に見つかり、大館市が発掘調査中の川口十三森遺跡(同市立花)から、奈良時代とみられる遺構や遺物が、市内で初めて出土したとのニュースがありました。



大館郷土博物館が今年6月から市有地1440平方メートルで発掘調査を行い、遺構や遺物数百点を発見したそうで、竪穴住居跡や食器は8世紀後半の奈良時代のものらしいとのこと。

市内では縄文、弥生、平安時代の遺跡が多数存在してはいたそうですが、一方で弥生と平安の間に当たる約600年間は出土例がなく謎だったそうですが、今回の発見は“空白期”の一端を埋め、当時住んでいた蝦夷(えみし)の生活を知る手がかりになると期待されているそうです。

9月4日に現地見学会で一般に公開されたそうですが、その日の夕方、青森からの帰りに寄ってみました。
誰もいなくひっそりとしてたので、奥には入らず、手前で写真だけ撮ってきました。

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ここは私が毎日通る道から脇に数十メートル程入ったところにあり、車だとウチから2・3分位でしょうか、ほんと目と鼻の先ですので、こんな貴重な遺跡が発見されるとはビックリでした。

この遺跡が西暦915年(延期15年)の十和田火山の噴火で降り積もった火山灰の層より下にあったとのことです。
十和田湖って火山の噴火口に水が貯まっで出来たカルデラ湖ということは知ってたんですが、こんな最近に噴火してたとは全く知る由も無く、調べてみると、過去2000年間の日本国内で起きた火山の噴火の中で最も大きい噴火として知られてるようです。
当時かなりの被害が出たらしく、火砕流は四方20キロまで及び、特に火山灰は鹿角地方特有の「やませ」にのって米代川流域全域に降り注ぎ、泥流も能代の日本海の河口まで及んだそうです。

この時のことが秋田で年輩の方なら誰もが知ってるだろう八郎太郎の物語、いわゆる「三湖伝説」として現在まで語り継がれています。
三湖とは十和田湖、田沢湖、八郎潟のことです。
田沢湖の辰子姫に纏わる伝説といえばわかりやすいでしょうか。。

その十和田湖って、現在も富士山と同じく活火山のBランクになってるんですって!..
ウソッ、死火山じゃなかったの~!

先に記事にした奥州藤原氏の栄華の始まりとなった前九年の役・後三年の役の前には、陸奥の安倍氏、出羽の清原氏といった豪族がおり、それらに繋がる時代の東北地方は、大和政権に服しなかった蝦夷(えみし)の存在が明らかになっていますが、今回の発見で大館にも住んでいたことがわかったことが興味深いところです。

いやはや、ノースの歴史探訪もネタが切れそうで中々切れませんね(笑
まっ、あまり大したネタもありませんが、もう少し続きます!..WWW
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