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「ヨーイヨイ、ソーレ、イヤサカサッサー」の掛け声と大館囃子が威勢よく響きわたる、大館新明社の例祭が10日と11日の二日間行われました。

我が家は一日目の宵宮に行ってきました。

ほんとは二日目の本祭の方が終盤盛り上がるので好きなんですが、子供たちが翌日まで待てるような状態で無かったもので..

二日間行けばいいんじゃ?との声も聞こえそうですが、露天が一杯並ぶ環境にお年頃の子どもを二日も連れて行けばどうなるかは想像いただけるかと(笑

結果はご想像のとおりで、今年は長女が~(汗
毎年観ているのに全然飽きない、このお祭り。
今年は曳山車14台と神輿9台が二日間にわたり市内を巡りました。

夜の部は曳山車の合同運行となります。
宵宮は「田乃坂越え」が見どころとなってますが、我が家は坂を上りきった後の大町交差点付近で待ち構えです。

細かい歴史やらは依然この祭りを何回か記事にしているので割愛しますが、山車はお隣、鹿角市の花輪ばやし(日本三大はやしのひとつ)と比べると絢爛豪華というところでは多少見劣りするかも知れませんが、そのぶん花輪に無い「踊り手」がお祭りを華やかにしています。

また、大館の山車は「囃子手」と「踊り手」が6トンの車台に乗っかりますので、「曳き手」が一杯いないと運行できませんが、花輪ばやしの山車は開いている板底に囃子手の太鼓打ちが収まり、山車と一緒に歩きながら演奏してますので、曳き手はごく少数しかいません。

その特徴からも、静の花輪ばやし、動の大館曳山というような印象を受けます。
実際、この祭りの力強さに魅了された県外観光客のリピーターさんも結構いるらしいのです。

実はわたくし、毎年観ているはずのこの祭りですが、社会人になる前の記憶がなぜか露店しかありません。
ふと不思議に思い調べてみましたら、400年の歴史の中で現在のように夜の合同運行をやりはじめたのが昭和58年以降らしいのです。
それ以前は夜は早々と曳山をしまい、飲み方に興じていたんだとか。。
なるほど納得です。

でも、それ以降もこのお祭りを観ていたかといえばそうでもなくて、実際は観る暇がなかったのです。
そうなんです、この二日間は旧市内ばかりでなく、周りの集落でも鎮守の神社のお祭りが一杯あって、その殆どが飲み祭り。
社会人のお付き合いとして、祭りのお使い(お誘い)を受けると是が非でも招待されたお宅に行かなければならなかったのです。

これがまた結構大変でして、毎年4・5軒のハシゴ状態。
事前に車で各軒にビールを置いてから1軒目へ。
1軒目に着くなりタクシーを呼び、それ以降はその繰り返し。
そうしないと、タクシーが混んでて大変なことになるのです。

最後のお宅に着くと午前2時とかザラです。
それでも、まだお客様が座敷でガヤガヤ飲んでいるという、たぶん統計的にも日本一の酒飲み地区と思われる我が街の真実がそこにありました(笑

そんな飲み祭りもここ十数年でやらなくなるお家が殆どになりました。
ほんとうに心から良かったと思っています。んっ?(爆

そんなかんだで、このお祭りの模様を撮ってみましたので暇な方は覗いてみてください。
たぶん飽きると思いますが(笑







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