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風をあつめて


前篇からの続きです。

画像ははっぴいえんどのセカンドアルバム「風街ろまん」風のジャケットですが、実は東EMIがURCレーベル30周年記念再発シリーズのCDをまとめて購入した人への特典として1998年に制作されたアナログ非買品EP盤です。

東芝もなかなか商売上手ですね(笑
ジャケットを裏返すと...

サルビアの花


気持ち悪いのが出てきました~(笑

以降敬称略

1969年、URCレコードのディレクターの傍ら、二日で完成させたソロアルバム『かっこいいことはなんてかっこ悪いんだろう』のジャケットそのままのデザインを使ったB面の早川義夫「サルビアの花」。。

アルバム「かっこいい・・」はあまりにも気持悪くて購入を躊躇しつつも、結局手に入れてしまった超オカルト風アルバムですが、収録曲は凄い名曲ぞろいなんですよ。

この気持悪い画像はもっと小さくしてもよかったかな?

実は我が家の三歳児がこの絵を見ると尋常でない程の反応を見せ、ブルブル震えるほどの恐怖におののきます(笑

届いた日に面白がってジャケットを見せたのが悪かったか、先日もyoutubeを聴いていたら、遠目にこの絵を見たらしく、突然泣き出してしまいました。

普段はきかんぼうなんですが、これだけは男鹿のナマハゲよりも怖いようで、言うことを聞かないときはコレを見せるぞ~って脅かしとります(笑


話は変わって、昨日から今日の深夜にやってたBS朝日のジャパングルーブにムーンライダースの鈴木慶一が出てました。

ミュージシャン生活45周年記念ライヴの番宣のようでしたが、この方も早川義夫の熱烈ファンです。


前篇で紹介した岡林信康のセカンドアルバム収録の際、あがた森魚とともに訪れた鈴木は、岡林不在の時のリハーサルではっぴいえんどをバックに仮歌を歌う早川の姿を見て感動。。
その日からおよそ24年後、早川が23年ぶりに音楽業界に復帰した直後に収録された佐野史郎がホストを務めるBS2の番組に早川が出演した時に鈴木も出ていて、早川の歌う姿を見てはステージの袖で涙を流し、お帰りなさいの花束を手渡してはウルウルという状態だったようです。


あがたと鈴木の出会いも面白い。

あがたがバイトしていた証券会社で働いていた鈴木の母が、あがたが音楽をやっていることを知って、家にこもりっぱなしの息子を訪ねてほしいとのお願いから付き合いが始ったようです。
あがた自身は既にURCの事務所に早川を訪ねて自分の歌をあがりながらも何度も聴いてもらい、早川に強い印象を与えたという、そんな時期に鈴木があがたに連れられてレコリハーサルの早川を見たということのようです。


あがたと鈴木は1970年、あがたのバックバンド的な「あがた精神病院(後のはちみつぱい)」を結成、はちみつぱい1973年リリース「センチメンタル通り」は前篇で紹介したアルバムベスト100(評論家)の16位にランクされています。

その後鈴木は、1975年、はちみつぱいを母体とした「ムーンライダーズ」を結成、既に1972年に結成されているもう一つのムーンライダーズ(後にオリジナルムーンライダーズと呼ばれる)には、鈴木の弟、鈴木博文やはっぴいえんどの松本隆が在籍していました。
ここでやっと松本隆が出てきましたね(笑

オリジナルムーンライダーズ解散後に博文と松本の了解を得てムーンライダーズを名乗り、1976年に「鈴木慶一とムーンライダース」として「火の玉ボーイ」でアルバムデビュー。
前篇アルバム100で(評論家)は、19位にランク。。


時代は1970年に戻り、鈴木はあがたとともに、あがたのアルバム「蓄音盤」のベースを細野晴臣に頼むため、細野の自宅を訪ねており、そのつながりで、鈴木は細野から誘われ「日本語のろっくとふぉーくのコンサート」(日比谷野外音楽堂)で、はっぴいえんどのサイドギターを担当しています。
本人は正式メンバーになったものと思ったらしいのですが、残念ながらこの1回きりだったようです(笑

鈴木が好きなバンドにCCRを挙げたことが原因だったというエピソードがあるようですが、このことで、鈴木慶一は元はっぴいえんどと紹介されるようになります。

こんな感じで、鈴木慶一という早川義夫を敬愛するミュージシャンを通じ、早川とはっぴいえんど松本隆が無事繋がりました(笑

おあとがよろしいようで.....


本日の早川義夫紹介動画

既にジャックス解散が決まっていたのに記念みたいに~と皆に即されて早川痛恨の妥協、体をなしていないジャックスが安易に作ったセカンドアルバム「ジャックスの奇蹟」から「花が咲いて」を...

脱退したはずの水橋春夫がリードギターで参加、これがもとで早川レコ途中で職場放棄、代役でトノバン加藤和彦がサイドギターで参加。
ドラムは1968年11月に加入した若かりし頃のつのだひろで、このアルバムから2年後に名曲メリージェーンがリリースされます。

ジャックス時代の早川の曲の多くは、ビートルズが実験的リボルバーからサージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンドへとサイケ的な音に変わった時期と重なって作られており、およそビートルズとは似つかずとも、その上前をはねるような独自の音楽の世界は、普段慣れしんでいる一般的な音楽と比較するには到底無理と思われる異物なものであり、その違和感がファンを魅了してしまうのでしょう。。


Secret

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