2016.02.24 ♪忘れ得ぬ君



1967年10月リリース、ザ・テンプターズのデビューシングル「忘れ得ぬ君」。。
ショーケンの声に似てるけど、ボーカルはこの曲を作った松崎由治。

なんともいい曲です。

ギタリストとして、さらにはソングライターとしての才能に恵まれていたと評される松崎由治氏は、テンプターズ解散後はあっさりと音楽業界を引退し、大宮で小料理屋(焼き鳥屋)のオヤジとなる。

時は流れて1995年、佐野史郎の1stアルバム「君が好きだよ」の制作にかかわった方のお話しによると、このアルバムに松崎氏を起用したかったが諸事情により実現しなかった。そのときゲストとして参加していた早川義夫氏がかなりガッカリしていたのが印象に残っている。 と...


ジャックスはこの「忘れ得ぬ君」をステージでカバーし、1968年の若松孝二監督「腹貸し女」のサウンドトラックにも入れている。

ソングライターとしての臭覚が同じ匂いを感じ取っていたのだろう。。


事実、早川義夫氏は2012年に自らのツイッターでこのようにつぶやいている。

「1967年に発表された「忘れ得ぬ君」を聴いて、日本のロックの元祖は、はっぴいえんどでも、ジャックスでもなく、ザ・テンプターズの松崎由治さんだと僕は思っている。」と...


フォークは『忘れよう』と唄い、ロックは『忘れろ』と唄い、歌謡曲は『忘れられない』と唄う。。(早川義夫)

やはり早川氏の根底にあるものは歌謡曲なんだろうな。


ザ・タイガースの対抗馬として華々しくデビューしたテンプターズ。。

ごく一部を除くほとんどのGSグループが、外国のバンドをコピーしたり、レコード会社専属の作詞家・作曲家が作った曲を歌っていた当時に、いきなりオリジナル曲で勝負したことは凄いことに感じる。

いくら8ビートに乗せ歪ませた大音量のエレクトリックサウンドを奏ても、そこに精神性というかオリジナリティっていうか、商業主義とは真逆な、アーティストの生き様が見えないと、それはロックって言えないんじゃないだろうか。

才人のことは才人のみが評価することができるのであれば、松崎氏のスピリッツに尊厳を抱く才人早川もまた、真のロックのフロンティアなのであろう。。


そろそろ本格的に、ジャックス&早川義夫の魅力に深く切り込んだ記事をUPしていきたいと思います(笑。。

※ブログ開設から10年、看板に偽りあり状態に日々胸痛し...
 そろそろブログタイトルの変え時かな!

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