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昭和歌謡


先週、NHKのドキュメント72時間「昭和歌謡に引き寄せられて」の再放送を見ました。

病院の待合室で偶然みたので、途中で呼ばれて全編みてませんが、なにやら今、昭和歌謡が流行っているようです。
レコード復活ブームは肌で感じ取ってましたが、昭和歌謡人気までは考え及ばず、というか過去記事で演歌の衰退のことを考えたときに、輝いていた昭和歌謡の頃に想いを巡らすも、あまり深く考えずにいました。

「新作CDの売り上げが伸び悩む中、再び注目を集める昭和歌謡。人々はそこにどんな思いを託すのか?」
と、この番組ではその辺に光をあてています。


今思えば昭和の時代は本当によかった!!

なにしろ今と違って聴く音楽が数的に限られてしましたからね~
洋楽ポップスにしろ、ビートルズにしろ、歌謡曲にしろ..
聴くもの全てが新鮮で輝いてました。。

今は特に若い人達が聴くようないわゆるJポップなんかとってみても、いいのを切り貼りしたような乱雑な曲の数々、ざっくり言っちゃうと、どれもこれも金太郎飴みたいな感じがします。

年齢的、世代的なギャップの大きさを差し引いても、商業主義に乗った音楽づくりがされているように思えてならないのです。

時代は楽曲のダウンロードがあたりまえ。
CDのライナーなんかは邪魔なだけみたいな。。

確かに自分もレコード時代はよく見てたライナーも今は見ることが殆どありません。
どちらかと言えば詩よりも曲ありきの類なので。。

自分的には80年代のTMネットワークが出てきた頃を境に自分の聴きたい曲探しの先の見えない旅に出たような気がします。
洋楽も商業ロックと言われるのも含んで、あまりにも綺麗過ぎてダメでした。

その中で色々自分に合う音楽を探して聴いてきたんですが、今も、もっと素晴らしい音楽に出会いたくて悶々としています。
遠回りして出会った早川義夫さんみたいな音楽にはなかなか出会うことができません。

思えば昭和歌謡全盛なりし頃は、作り手の才能が際立っていたような気がします。
筒美京平や馬飼野康二、それより前の古賀政男、遠藤実等々..

ニューミュージックの作り手たちも見逃せませんが、そのあとの世代が上手く育っていないような気がします。

そんな中、いつもコメントくれるdaiさんが自身のツイッターでリツイートした大瀧詠一さんの言葉にはっとしました。

「とにかく、戦前・戦中に広げ過ぎた国外への目を、戦後になって初めて国内に向けた象徴として、今度は https://youtu.be/FXh0Idu24jA が現われた。そうか、日本の国っていうのはこういう国だったんだ、自分の故郷はこんなところだったんだというね。(SRCL 4071~8)」

↑は三橋美智也さんの「りんご村から」という曲のことを取り上げています。

岩手の田舎育ちの大瀧詠一さん。
はっぴいえんどの「春よ来い」なんかは三橋美智也さんのこの曲が根底に流れているようで興味をそそられます。

このブログでも登場いただいている2tomこと川崎ツトムさんも自分の音楽のルーツは三橋美智也さんだということをおっしゃてたのを思い出しました。


昭和歌謡は一旦置いといて

今日の地元紙に秋田出身の作家、内館牧子さんのコラムが掲載されていました。

民謡に関する記事ではありますが、その中で大瀧詠一さんと同じようなことを彼女が言ってます。

「舶来文化に憧れた頃だったか、日本独自の文化、伝統を自虐的にみる時代があった。伝えるどころか恥じて切り捨てた。こうして多くの伝統、文化、精神、行為が消えた」と..

いつの時代かはよくわかりませんが、日本の心とともに歩んできた民謡のことを指していたとすれば、同じく同紙に連載されていた秋田民謡の佐々木実さんのコラムで現在の民謡の衰退とともに未来に歌い継がれないことを危惧する言葉と重なります。

民謡も演歌と同じく衰退するのは時代の流れでしょうがありませんが、大衆音楽として長きに渡り歌い継がれてきた民謡については演歌と比べられない歴史と伝統があります。

内館さんのコラムでは民謡王国といわれる秋田と隣の青森との民謡に対する県民性の違いについても触れていますが、実際に青森には民謡酒場とか津軽三味線を聴けるところが一杯あるのに秋田ではあまりありません。
とうやら、地域への自慢を全開する青森と、いつも適度に自慢する秋田との風土的違いがあるようです。

旅行で泊まったホテルのロビーや舞台で聴いた津軽三味線や岩手の南部牛追歌なんかは涙が出そうになるほど感動したりします。

今はきちんと音が録音されているので、正確な歌唱が伝わらないということは無いと思いますが、太鼓や笛、尺八や三味線等の演奏等も含め、次の世代にきちんと歌い継がれるかとうかが現時点で一番危惧されるところなのでしょう。


話は元に戻りますが、民謡にしろ演歌や歌謡曲にしろ、育まれた時代は違えども、全ての大衆音楽の転換期が今にあるのではと考えています。
昭和歌謡への回帰という現状を考えるに、今の歌が複雑で音が多過ぎることの要因も推測されるとすれば、一回リセットしましょうということです。

形は変えれども、歌はこの世から絶対無くなりませんし、いいものは世代や時代を超えて必ず後世に残ります。

いつの時代も流行は一定のサイクルを持って繰り替えされますが、今の時代の大衆音楽をリセットするならば、そこに見えるキーワードは「音の少なさと、望郷感」..にありそうな気がします。

この考えにはdaiさんが大きく影響しています。
既にdaiさんと同じ考えを持った若者たちがいるような気がしてなりません。

またまた難しく語ってしまいましたが、好きな音楽が無きゃ聴かなくてもいいんじゃないですか、という結論は悲し過ぎるので言わないでくださいね(笑..

半世紀も前に作られたこの歌を聴いて、いつもなんだろうこの懐かしさは~と思いつつ、今の時代でも響き渡る旋律に驚きを隠せ得ません。

早川義夫作 ジャックス「君をさらって」
Secret

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