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11月3日ロードショーの・・「ALWAYS 続・三丁目の夕日」
ぜひ見たい映画です。でも映画館までは片道1時間!・・そう我が街には映画館がありません。無くなっちゃいました。ずっと前に!
最近なにかと忙しいし、結局またレンタルDVDになっちゃうんでしょうね!

バイクレストアとレトロなモノを題材に始めた当ブログも昨日でちょうど一年経ちました。
肝心のTLのレストアは停滞の極みで、なんとかしなければと思うものの記事もバイクネタから遠ざかる一方だし・・・
遠ざかりついでに、今日は「ALWAYS 続・三丁目の夕日」の舞台、昭和34年当時の自分を振り返ってみようかなと・・

昭和34年といば、私1歳の可愛い盛り?の頃で、当たり前ですが記憶がありません。
でも1歳の時のことで唯一親から聞かされていたことがあります。
それを紐解きたいと思います。

今は山瀬ダムに沈んだ旧田代町岩瀬沢の最後の集落「大渕岱」(母の生まれ故郷)のまたずっと奥に、戦後政府の開拓事業によって山間地という未開の荒地に入植した先人によって開拓村が2つ生まれました。
「繋沢開拓村」と「内町沢開拓村」です。
そのうち「内町沢」には昭和20年から30年まで3戸が入植したようですが、立地条件必ずしとも良好といえず、昭和35年には全戸離農したと「秋田・消えた開拓村の記録」という本に記されています。

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話がそれますが、この本、以前岩瀬林道紹介の折り、いずれこの開拓村のことを記事にしようと「未知なる森の軌道を求めて全国森林鉄道」という本と一緒に購入していましたが、くしくも私のブログ友のmam23さんが、この2冊のことを少し後に自らのブログで紹介しておられました。彼もこの本持っていました。なんとも奇遇というか同じ趣味?にビックリでした。
でも彼は秋田の林道のスペシャリスト。知らない林道は無いくらいの猛者で、やはりこの手の沢系統の話題がどうやらお好きな方のようでした。(真冬の北海道ツーリングやっちゃう人ですから~!ドカ乗りさんでもありますよ~)

で話を戻します。この「内町沢」という場所に昭和34年にそこに私がいたというそれだけの話だけなんですけど・・
当時は、その入植村とは別に営林署の作業宿舎みたいなところがあって、母がそこで私を背負いながら住み込みの飯炊き仕事をしていた時期があったようで、この話は大人になってから聞いたわけですが、最初の「三丁目の夕日」をレンタルで見たときから、このことを時々考えるようになってたんでしょうね、東京タワーが建ち、長島が四三振デビューしたあの頃、自分や親がどういうふうに生活していたんだろうと思っちゃったのが、この時代回顧の始まりのような気がします。

自分の記憶には、早口駅裏から母の実家まで「岩瀬森林鉄道」の客車に乗って行った時の風景が昨日のように蘇ります。
この鉄道も昭和40年初頭に廃止されてますが、これはまたいつか記事にしようかなと思っています。

なんとも自分探しの旅みたいな感じになりましたが、今昭和ブームということもあって、「ALWAYS 続・三丁目の夕日」劇場公開記念にと、田舎者による田舎の昭和を記してみました。
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