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万沢康夫さんが1979年に著した「イーハトーブの森を駈けよう」です。
TL東北のメンバー、仲良しHさんから借りました。
1979年(昭和54年)といえば「第1回イーハトーブトライアル大会」が開催された2年後ですね。

"緑の風"が体の中を吹き抜けるところ-それがイーハトーブだ..
第一章の書き出しはこの言葉で始まります。

岩手の情景を綴った宮沢賢治の詩の中に自らが拘る”緑の風”を感じ、イーハトーブという言霊の響きに誘われるかのように運命の地に立ち、そして賢治のイーハトーブの地にまぎれのもないその”緑の風”を詩の中と同じように見つけた...と語る氏にとって”緑の風”はオートバイとイーハトーブの原点であるとともに自らの拘りの部分でもあるようです。

"緑の風"...
イーハトーブに出たことのある人はこの言葉のもつ意味をきっとすぐ理解できるんでしょうね。

総221頁、5章にわたって綴られる万沢さんのトライアルとイーハトーブ大会への熱き想い..
そのイーハトーブ大会も今年で33回を数えます。

岩手の自然の素晴らしさもさることながら、万沢さんを中心とした主催者の皆さんの努力や関係協力者の理解がこうした継続の大きな力になっているんでしょうね。
この本でも当時の地元の方々の協力への感謝の言葉が綴られております。著作物の扱いがよくわかりませんが勝手ながら印象に残ったところを引用してご紹介させていただきます。

普代村に快く迎えられる原動力となった駐在所の中村さんについて..
SSDT映画上映後に部屋の中が明るくなったとたん、彼は役場の人たちの方にクルリと向き直り、「こりゃいい!やるべきですよ、ぜひとも!」
熱いんだな、血が騒いだんだと僕は思った。

くろさき荘の人達について..
くろさき荘の人たちは全員が表へ出てライダーたちを見送りながら、「ヘェー、たいしたもんだ・・・」と眼を丸くする。
そのうち、ぼくのとなりにいた、そのコックさんが、半ばため息まじりに、「アーア、オレも若かったら、やってみてぇなぁ」
このことばを聞いて、なんだか僕は無性にうれしくなった。これこそ僕が求めていたことばだったからだ。

イーハトープという言葉をタイトルとして使うことのお許しに花巻の宮沢賢治の弟清六さんの家に行ったとき..
僕たちの話に快くOKを出してくれ、こういった。
「賢治はあなた方のような感覚のよくわかる人だった。きっと賢治も生きていたらオートパイ・ライダーになっていたでしょう」
僕たちは驚いた。あの詩人の賢治がオートバイに乗っただろうなんて話は、いまだかつて聞いたことがないからだ。
僕らを結びつけた、イーハトーブとあの"緑の風"そしてオートバイと賢治の詩が、ここで一つになったと僕は思った。

あと一週間で熱い夏がやってきます。
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